中学入試では「慣用表現」の問題がよく出題される。それはなぜか。中学受験指導のエキスパートである矢野耕平氏は「慣用表現を正しく読み解くには、言外の意味をとらえる必要がある。慣用表現の読み解きが不得手な子は、長文の読解問題でも苦労する傾向がある」という――。

※本稿は、矢野耕平『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

ソファーで本を読んでいる女の子
写真=iStock.com/kohei_hara
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字義通りの意味と言外の意味

わたしは中学受験専門塾を営む傍ら、大学院博士課程で言語学を研究しており、わたしの所属ゼミには海外からの留学生が多い。

ある日の授業後、わたしはベトナム人の留学生と地下鉄の構内に向かって並んで帰途に就いていた。時刻は19時ごろだっただろうか。ちょうど眼前に飲食店が姿を現したタイミングで彼女はわたしに対してこんな一言を放った。

「矢野さんはこれから『暇』なのですか?」

わたしは彼女が食事に誘っているのだろうと即座に解釈して、「じゃあ、ご飯食べに行きましょうか?」と応じたところ、彼女は目を丸くして「え⁉ 行くわけないじゃないですか!」ときっぱり拒絶したのである。こちらとしては、なんだか一方的に振られた気分……。

わたしと彼女の解釈のズレは「暇」という表現の「言内の意味」「言外の意味」で説明可能である。

日本語学習者の彼女は「暇」を言内の意味(字義通りの意味)である「仕事と仕事の間の何もしないとき」で使用したのに対して、日本語ネイティブのわたしは「暇」を「ある物事をする(この場合「食事をする」)ための時間的なゆとり」という言外の意味で解釈してしまったのである。

日本語ネイティブ同士でも似たような経験を持つ方は多いのではないか。そして、話し手の発話解釈を正しく理解できないことを何度も繰り返してしまうと、その当人は話し手から信頼されなくなってしまうことも考えられる。(上の例では、わたしが深読みをしすぎてしまったことになる。)